2016.04.15更新

 極めて短い時間を「刹那(せつな)」といいます。

 仏教の時間の概念において最小単位である「刹那」は、約75分の1秒だといわれています。つまり「一瞬」です。

 絶え間なく続いているように思える時間は「刹那」の連続で、あっという一瞬の間にすべての物事が変化していることになります。

 刹那の連続で過去が現在になり、さらに未来へと連なっていくのでしょう。

 この世に存在するあらゆるものは移り変わっていきます。

 すべてが一刻一刻、一瞬一瞬と変化して、変わらないものは何ひとつありません。

 それが「諸行無常」で、お釈迦様の悟りを表す言葉のひとつです。

 「諸行無常」の意味を頭では理解していても、実感するのは難しいものです。

 久しぶりに会った人の変化には敏感でも毎日、顔を合わせている人の変化には気付きにくく、何も変わっていないように見えることさえあります。

 自分のことも同じでしょう。

 10年前の写真を見れば変化は一目瞭然ですが、1年前くらいの写真では変化が読み取れないかもしれません。

 けれどそれは錯覚です。

 私たちは1年ごと確実に変化しています。

 1年経てばひとつ年を重ね、その分だけ老いてもいます。

 1年で変化しているということは、1日ごとにも変わっているわけです。

 1日で変化しているのなら1時間、1分、1秒、刹那ごとにあらゆるものが変化しているのでしょう。

 言い換えれば、刹那の連続で1年、10年、そして一生となっていくのです。

 こうしている間にもどんどん時間は過ぎていき、すべては変化しながら少しずつ老いて人生の終わりに近づいていきます。

 時間は命と同じです。

 生まれたばかりの赤ちゃんも80歳の人も、残された時間が減っていくことに変わりはありません。

 実感するのが難しいだけで、誰でも刹那、刹那に命が失われています。

 時間の無駄遣いは命の無駄遣いだと思えば、少しは「今」を大事に生きられるでしょうか。

 お釈迦様の悟りには達せずとも、せめて「今日一日を大事にしよう」という気持ちで毎日を積み重ね、商売に精進していきたいものですね。

投稿者: 伯税務会計事務所

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