2019.05.15更新

 ぬくぬくとした日だまり。心がとろけそうになるやわらかな風。

 あたりの緑は色濃くなり、いっせいに花が咲き始める。

 春は、四季のある国に暮らす喜びを全身で感じられる季節です。

 陰陽五行で春の色といえば「青」。

 これが「青春」の語源だとされています。

 俳句の世界では、春先の野原で青草を踏んで遊ぶことを「青き踏む」、または「踏青(とうせい)」といいます。

 もとは古代中国の行事に由来する言葉で、旧暦3月に青草がもえる中でうたげをする春の恒例行事だったそうです。

 ところで、春から夏に向かう頃になるとイソップ童話の『北風と太陽』を思い出すという知人がいます。

 旅人の外套(がいとう)を脱がせるために北風と太陽が勝負をするお話です。

 北風は思い切り寒い風を吹かせて旅人の外套を吹き飛ばそうとしますが、風が吹けば吹くほど旅人は外套の前をしっかり押さえます。

 一方の太陽は、暖かな日差しを旅人に浴びせ続けました。

 するとそのうち旅人は暑くなり、自ら外套を脱ぎました。

 勝負は太陽の勝ちです。

 乱暴なやり方ではうまくいかない。

 優しい言葉をかけたり温かい態度を示したりすると、人は自分から行動する。

 一般的な教訓では、こうして北風が悪者になっています。

 ところが、実は2回勝負したという説もあるようです。

 まずは旅人の帽子を脱がせる勝負をしました。

 太陽が燦々(さんさん)と旅人を照らすと、あまりのまぶしさに旅人は帽子をしっかりかぶってしまいます。

 次に北風が力一杯に風を起こすと、旅人の帽子はいとも簡単に吹き飛んでいきました。

 勝負は北風の勝ちです。

 そこでもうひと勝負というわけで、外套を脱がせる2回戦が始まったのだとか。

 このストーリー教訓は「何事にも適切なやり方というものがあり、一方でうまくいっても他方でうまくいくとは限らない」というものです。

 押してもダメなら引いてみる。

 商売の信念がコロコロ変わってはなりませんが、商売のやり方や考え方はひとつではないでしょう。

 煮詰まったときは昔の人にならって「青き踏む」を楽しみ、一度しか巡って来ないこの春を喜びと共に過ごしたいものですね。

投稿者: 伯税務会計事務所

2019.04.15更新

 小売業を営むある社長はとてもりりしい顔立ちですが、仲間から「あきたん」と呼ばれています。

 これは飽きっぽい性格ゆえのあだ名だそうです。

 あきたんは決して怠け者ではありません。

 スタートダッシュは誰よりも熱心なのに努力が長続きしないタイプの社長です。

 頑張ってもすぐに成果が出ないから飽きてしまうのだとか。

 努力と成果は比例する。誰しもそう思っていませんか?

 しかし、残念ながらそうではないようです。

 学習効果は勉強した時間や努力の量に比例しないのです。

 頑張った分だけすぐに結果が出ればやる気も起きますが、学び始めからしばらくは、やってもやっても手応えのない地べたをはうような退屈な時間が続きます。

 ですから、あきたんのように初期段階で勉強や努力をやめてしまう人が多いのでしょう。

 ところが、ある地点に来ると、それまでの学習成果が一気に加速して、あるとき突然ブレイクスルーが起こります。

 ここからは目に見えて成果を感じられるようになり、コツコツと積み重ねてきた努力が実力となって発揮されていくでしょう。

 こうした一連の流れを学習の成長曲線といいます。

 『論語』の中で孔子は「苗にして秀でざる者あり。秀でて実らざる者あり」と述べました。

 学問の修得や徳の修養を稲穂の成育にたとえ「苗のままで穂を出さないものもある。せっかく穂を出しても実をつけないものもある。

 それを分けるのは努力と精進である」という孔子一流の比喩です。

 人の成長過程は色々で、若いうちに頭角を現して成功する人もいれば、頭角を現しただけであとが続かない人もいます。

 また若い頃は芽が出なくても中年になって花を咲かせる人もいます。

 しかし、どんなに美しい花を咲かせても、花のまま枯れて実にならない人もいます。

 孔子は、実にならないからダメだと言っているのではありません。

 人間いつになっても努力と精進が大切だと説いているのです。

 成長曲線の「ある地点」が来れば、地べたをはうような時間は終わりを告げ、これまでの努力も商売もブレイクスルーするでしょう。

 「ある地点」まで辛抱すれば努力は必ず報われるものです。

投稿者: 伯税務会計事務所

2019.03.15更新

 「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし(在原業平:ありわらのなりひら)」。

 世の中にもし桜がなければ、どれほど心穏やかに春を過ごすことができるでしょう。

 この歌のとおり、日本人にとって桜ほど縁の深い花はありません。

 古来、花といえば桜を指したといわれるほどです。

 暖かくなれば桜は咲いたかとそわそわし、風が吹けば桜が散りはしないかと気がもめる。

 そんな気ぜわしさも春が訪れた証です。

 世界的な桜の名所として知られるワシントンD.C.のポトマック河畔。

 あの桜並木は、1912年に日本が贈った桜の苗木から始まったのは有名な話です。

 桜の季節が終わった寂しさをなぐさめるように初夏を彩るのは、白や赤の花をつけるハナミズキ。

 アメリカ東部が原産のハナミズキは、ポトマック河畔の桜のお礼として大正時代にアメリカから日本に渡ってきました。

 ハナミズキの花言葉は「返礼」。

 当時の人々の温かい交流をうかがい知ることができますが、このハナミズキの運命はワシントンD.C.の桜とは異なるものでした。

 太平洋戦争が始まると、それまで日比谷公園などに植えられていたハナミズキの一部は「敵国の贈り物」として切り倒されたり、空襲などで枯れたりしてしまったのです。

 人々の心はハナミズキから離れ、存在も忘れ去られました。

 しかし原木は生き残り、心ある人たちのおかげで再び開花することができたのです。

 東京都立園芸高校などでは、高さ10メートル、幹回りが1メートルを超える老木が今でも花を咲かせている様子を見ることができます。

 100年以上前の出来事が今につながっている例はほかにもありますが、そこに共通しているのは「人の思いが新たな歴史を作った」ということです。

 今の商売が100年続くかどうかは運任せでも、商売に込めた思いが本物であれば新たな価値を生み出すことはあるでしょう。

 人生100年時代、AIが台頭する時代だからこそ、誰に何を贈るか、誰に何を返礼するかを考えながら、今まで以上に人の思いを大切にした商売をしていきたいですね。

投稿者: 伯税務会計事務所

2019.02.15更新

 「お客さまの声をよく聞きなさい」といわれます。

 商売のヒントも答えも、全てはお客さまの声にあるという考え方は、顧客満足を追求するうえではもっともな意見でしょう。

 現場のリアルな反応には、そこでしか 得られない鮮度の高い情報が反映されています。

 ところが、顧客の意見をできるだけ取り入れた結果、商品がまったく売れなかったという話も聞きます。

 顧客がデタラメを言ったのでしょうか?

 それとも顧客の意見を読み違えたのでしょうか?

 『ユーザ中心ウェブビジネス戦略』という本によれば、これは人間の無意識による結果だそうです。

 行動心理学とデータ分析で多くの顧客の行動を観察してきたという本書の中で、とても興味深い事例が紹介されていました。

 ある食器メーカーが主婦5人に「次に買うとしたらどんな食器が欲しいですか?」と聞きました。

 主婦たちは話し合い「黒くて四角いおしゃれなお皿が欲しい」という意見でまとまりました。

 その帰り際に「お礼としてサンプルの食器の中からお好きなお皿をひとつお持ち帰りください」と言うと、なんと5人全員が「白くて丸いお皿」を選んだとか。

 その理由は「自宅のお皿は丸いものばかりなので、丸いお皿でないと重ねて置けない」「テーブルの色に合わせて食器は白でそろえている」などだったそうです。

 落語のオチのような話ですが、行動心理学的で考えられる理由のひとつは想像力の限界です。

 「黒くて四角いおしゃれなお皿」は主婦5人の想像で、具体的にあるわけではありません。

 人は、具体的でないものに対して良しあしの判断をつけられないそうです。

 もうひとつは認められたい願望です。

 グループで話し合うと、他のメンバーや主催者に認められやすい発言をしがちだそうです。

 ただ、これは人間として仕方のないことなのでしょう。

 主婦がデタラメな話し合いをして「黒くて四角いお皿」と言ったわけではなく、人間の無識がなせる「認識」や「認知」の表れ方のひとつなのです。

 顧客の声なんてアテにならないという話ではありません。

 最終的に決めるのは全て自分自身なのです。 

投稿者: 伯税務会計事務所

2019.01.15更新

 お正月にたこ揚げをする子どもの姿は、今やブラウン管のテレビと同じくらい珍しい光景になりました。

 けれど遊び方は変わっても、子どもたちの発想がユニークなことに変わりはありません。

 小学校のテストで次のような問題が出されたそうです。

 「自分たちがいつも使っているスポーツ用品に、どんな工夫をしたらスポーツ観戦が盛り上がると思いますか?スポーツ用品会社に提案するつもりで盛り上がる理由も考えてみましょう」。

 これに対してある女子小学生は「盛り上がる工夫:女子選手のズボンの丈を短くする」「盛り上がる理由:おじさんたちがヒューヒュー言うから」と回答していました。

 テストの問題も斬新ですが、小学生の発想も柔軟ですね。果たしてこの問題、

 自分ならどう答えるかと考えてみたのですが、この小学生の柔軟な発想を超える工夫は思い付きませんでした(笑)。

 さて、ここで質問です。

 「○○をもうけたい」。あなたなら○○にどんな言葉を入れますか。

 「お金」と入れる人が多いだろうと想像しますが、ある社長は○○に「喜び」を入れ「私はお金をもうけるというより喜びをもうけたい」と言いました。

 地元で採れる規格外の農産物を使って画期的な商品開発と販売に成功したその社長によれば、商品開発は大変だったけれど、喜びをもうける気持ちを忘れずにいると自然と多くのご縁がつながって、どんどん良い方向に話が進んだとか。

 販売は業務用のみ。

 小売り向けの販売やネット通販はアウトソーシング。

 そのほうが自社コストを最小限に抑えられ、かつ他社の利益も大きくなるからだといいます。

 喜びを「与える」「創る」「生み出す」ではなく「もうける」という発想に「ヒューヒュー」と言いたくなるのは私だけでしょうか。

 ちなみに「女子選手のズボンの丈を短くする」という回答に対して「確かに・・・。ってアホか!」とコメントした先生。

 テストの答えとしては×でも個人的にはユニークで◎と、ヒューヒュー言いながら書いたかもしれません。

 商売に浮き沈みはあれど、心の中ではいつもヒューヒュー言いながら柔軟に対応していきたいものですね。

投稿者: 伯税務会計事務所

2018.12.15更新

 四季折々で表情を変える美しい自然の風景は、日本の魅力として世界に広く知られています。

 けれどこの夏は、アフリカから来た観光客に「日本のほうが暑い!」と言わせるほどの猛暑でした。

 天候でも植物の生育でも生き物の生態でも「季節外れ」という言葉が「異常」の代名詞にもなっている現代ですが、昔の日本には季節外れを受け入れる風流がありました。

 例えば、俳句の季語では時節を過ぎて鳴く虫の音を「忘れ音」といいます。

 時節が過ぎ去ってから咲く花は「忘れ花」。

 返り咲きした花は「返り花」。

 春半ばの降りじまいの雪は「雪の果」「忘れ雪」「別れ雪」「涅槃雪(ねはんゆき)」など情緒たっぷりに表現されます。

 歌人にとっての季節外れは異常ではなく、風情や個性なのでしょう。

 「外れる」という言葉には「予測や期待と違う結果になる」「通常の基準に合わなくなる」「一定の枠や基準を超える」という意味もあります。

 「一億総中流社会」に象徴された昭和から「多様化」の平成になり、多様化という言葉さえすでに古いと感じるくらい価値観が枝分かれして複雑になりました。

 凝り固まった価値観やルールからの脱却を「さよなら、おっさん」と表現した広告が賛否両論を呼んだのは記憶に新しいところ。

 「個」の時代がますます加速していくと言われる今、外れること自体が価値を創造していくようにも感じます。

 しかし、長年商売をしていると、変化を求めながらも外れることを避けようとするのはよくあることです。

 口では「変わりたい」と言いながら、実は今に甘んじていたいという気持ちは、ごく一般的な心理でしょう。

 それでも私たちは、外れた事象を受け入れる遺伝子を受け継いでいます。

 しかも「激動の昭和」と「多様性の平成」の両方を経験している世代は、故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知るバランス感覚も持ち合わせているのではないかと思います。

 人によっては3つの年号をまたいで商売をしていく人もいるでしょう。

 過去にとらわれず「外れる」勇気を持って新しい時代に望みたいものですね。

投稿者: 伯税務会計事務所

2018.11.15更新

 以前、カナダのある大学が面白い実験をしました。

 学生46人に5ドルまたは20ドルを渡して複数のグループに分け、夕方5時までにお金を使うように命じました。

 ただし、あるグループには家賃の支払いなど自分のために使うように指示し、残りのグループには他人のためにお金を使うか慈善団体に寄付するように指示しました。

 つまり、自分のためにお金を使うか、他人のためにお金を使うかの違いです。

 さて、より幸福だと感じたのはどのグループの学生だったでしょう。

 事前に学生が予想したところ、自分のために20ドル使うグループの学生が一番幸福感を得るだろうという意見が多かったそうです。

 けれど、実験の結果は意外なものでした。

 より幸福だと感じたのは、自分のためではなく他人のためにお金を使った学生。

 しかも面白いことに、それは5ドルでも20ドルでも変わりませんでした。

 つまり、金額の大小ではなく「他人のためにお金を使った」という行為自体に満足感を覚えた学生が多かったのです。

 先ごろ夫を亡くされた女性が「一人の食事は本当に味気ない」としみじみ話していました。

 夫が健在だったときは毎日の食事作りが面倒で、一人ならどんなに楽かと思っていたそうです。

 でも本当に一人になってしまったら、うまいだのまずいだの言ってくれる人がいなくなり、食事を作る張り合いもなくなって手抜きご 飯になっているとか。

 「自分のためだけってむなしいものですね。誰かのためと思えばこそ、やる気が出るんですね」。

 誰かの役に立っている。誰かが喜んでくれている。

 そこに幸せを感じてやる気になるのは、国も人種も性別も立ち場も越えた、人としての普遍的な感情なのでしょう。

 歌手や講師など大勢の前に立つ人は、客席の誰か一人をこっそり選んで、その人に向けるつもりで歌ったり話したりすることがあるそうです。

 「今日はこの人のために」と心で思うことで、自然と笑顔になれるし気持ちも込めやすくなるというのは、商売をしている人ならお分かりでしょう。

 漠然と「お客さまのために」と思うより、「○○さんのために」とその人の顔を思い浮かべると良い商売ができそうですね。

投稿者: 伯税務会計事務所

2018.10.15更新

 その出来事をどう捉えるか――。これは本人の性格や状況、もっと高い視点でいえば、その人の哲学によって出来事の受け止め方は変わってきます。

 例えば、1万円を失くしてしまったら、多くの人は「もったいない。どうして気付かなかったんだ」と悔しがって嘆くでしょう。

ところが、ある社長は1万円を失くしたことに気付いた瞬間こそ「あぁ・・・」としょんぼりしたものの、そのすぐあとに「だけど私の1万円は拾った人の役に立つだろうから、それでいい」と笑っていたそうです。

 彼は普段から何かにつけてそんな調子だとか。

 思うように事が運ばなくても「そんなこともあるよね」と笑い飛ばし、アクシデントに見舞われても「こんなこと、めったに体験できないから」とアクシデント自体を楽しんでしまう。

 良くも悪くもあまり物事にこだわらず、執着しないたちなのでしょう。

 その楽観主義が周囲を和ませるのか、彼の周りにはいつも人が集まってきます。

 人が集まるところにはお金も集まってくるので、彼の商売が順調なのも自然の成り行きなのでしょう。

 よく言われる例えですが、失敗を「失敗」だと思わずに「経験」だと捉えれば、クヨクヨ悩まずにすみます。

 こんな楽観主義を「能天気」だ「お気楽」だと批判する人もいますが、脳科学者の茂木健一郎氏の著書『脳を活かす仕事術』によれば、「脳は楽観主義でちょうどいい」そうです。

 脳がうまく働くにはある程度、楽観主義なほうがいいという意見には経験的に思い当たる節もあり、何でも捉え方次第だと改めて痛感しました。

 早いもので今年もあと2カ月となりました。

 残りの日々を横目で見ながら1年のまとめに入っている気の早い人もいるでしょう。

 節目のタイミングでは、出来事を「良かった」「悪かった」の二分法で考えがちですが、「良い」「悪い」の判断より、色々あったけれど何とかやっていることに目を向けてみるのも悪くありません。

 思い悩んでもすべて過ぎてしまったこと。

 やり直せない過去にこだわれば、執着する分だけ未来に暗い影が差します。

 バランスのよい楽観主義でいきたいものですね。

投稿者: 伯税務会計事務所

2018.09.15更新

 入ってくるお金を増やすか、出ていくお金を減らすか。

 これは商売を改善するためのひとつの考え方です。

 入ってくるお金が増えなければ、出ていくお金を抑えるしかないと節約に励む家庭の主婦同様、商売でもコスト削減は必須ですが、むやみなコスト削減は社内の士気を下げ、社員のやる気が低下すれば生産効率も低下します。

 どこを削って、どこにお金をかけるのか。その見極めに悩む経営者は、節約上手な主婦の発想を参考にしてはどうでしょうか。

 家庭の主婦であれば、どんな状況下でもまず守るべきは家族だとしっかり認識しています。

 家族を守ることの筆頭は健康です。

 どんなに食費を切り詰めても、その範囲で可能な栄養バランスを考え、節約料理のバリエーションに知恵を絞ります。

 今はディズニーランドに行けなくても、健康でさえあればいつか家族全員でミッキーマウスと記念写真を撮れるでしょう。

 その日のために家族の健康を守るべく、主婦は今日もチラシをくまなくチェックして、底値を求めて遠いスーパーまで自転車を走らせるのです。

 商売が繁盛しているある会社の社長は、さぞかし豪華だろうと思いきや、外観も室内も拍子抜けするほど地味で殺風景。

 その理由を尋ねると「お客さまへのサービス提供と関係ないものには一切お金を使わない主義なんです」とのこと。

 例えば会社の内装にお金をかけてしまうと、提供するサービスの価格も高くしなくてはならない。

 価格を高くすれば宣伝広告も必要となり、それに伴い仕事量が増えてしまう。

 その社長は効率を重視した仕事ぶりで知られていますが、顧客のためにならない出費はしないというポリシーが効率化の最大の柱だそうです。

 あなたは、誰のためなら節約料理のバリエーションを増やそうと思えますか?

 何のためなら遠くのスーパーまで自転車を走らせることができますか?

 節約上手な主婦の発想を参考にすれば、最終的な目的を明確にすることで、お金をかけるところ・削るところの見極めがつくのではないでしょうか。

投稿者: 伯税務会計事務所

2018.08.15更新

 「わたくし、生まれも育ちも東京葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。人呼んでフーテンの寅と発します」。

 テンポの良いおなじみの名セリフを懐かしく思い出す方も多いでしょう。

 22年前に渥美清さんが亡くなったとき、フランスのル・モンド誌は「下町の英雄、寅さん逝く」と題した渥美清さんの 評伝を掲載しました。

 鞄ひとつで日本全国を気ままに旅する寅さんは、日本人が憧れる「小さな自由」を映画の中で具現していると述べ、寅さんを演じた渥美さんを「劇中の人物になりきったまれな役者」と高く評価しました。

 寅さんのあの自由さはどこからやって来るのか。

 「フーテン」とは仕事も学業もしないでブラブラしている人のことですが、寅さんは、実はたいした商売人だったのではないでしょうか。

 『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』にこんなシーンがありました。

 靴の会社で営業をしているおいっ子の満男が、仕事がつまらないと愚痴をこぼします。それを聞いた寅さんは、そのへんにあった鉛筆を満男に渡して「オレに売ってみな」と言うのです。

 満男はしぶしぶと「この鉛筆を買ってください」と寅さんにセールスをします。「消しゴム付きですよ」と特長をアピールしますが「僕は字を書かないから鉛筆なんて必要ありません」とすげなく断られてしまいます。

 満男が「こんな鉛筆は売りようがない」とさじを投げると、寅さんは満男から鉛筆を取り上げて「この鉛筆を見るとな、おふくろのことを思い出してしょうがねぇんだ」と、鉛筆にまつわる話をしみじみと語り始めました。

 もちろん即興の作り話ですが、これが実にうまいのです。

 細い目をもっと細めて、本当に懐かしそうに鉛筆を見ながら情感たっぷりにあの名調子で語ると、その場にいた家族全員が寅さんの話に心を奪われ、みんなその鉛筆が欲しくなってしまうのでした。

 鉛筆を「モノ」として売ろうとした満男と、鉛筆の「価値」を伝えた寅さん。つまり寅さんは、物を売るとはどういうことかを満男に実演して見せたのです。

 「どんな価値を付けるのか」今一度、自身の商売を見つめ直してみたいですね。

投稿者: 伯税務会計事務所

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