2014.03.15更新

誰に出逢うかで人生は大きく変わると言われますが、果たしてそうでしょうか。

曹洞宗の開祖である道元禅師が中国に渡り念願の師に出逢ったとき、その喜びを「まのあたり先師(せんし)をみる。これ人にあふなり」という感動の言葉で表しました。

求め続けた師に逢うためにはるばる海を越え、ついに願いが叶ったとき道元禅師は思ったのです。

自分一人で考えて行動したのでは分からないことがある。人との出逢い、それがすべての始まりであると。

これを禅語で「我逢人(がほうじん)」と言います。

「我、人と逢うなり」という意味ですが、「誰」と出逢うかではなく、出逢いそのものの尊さを三文字で表したものです。

人はみんな違った考え方を持ち、それぞれの人生を生きています。

自分と似ている人はいても同じ人は一人もいません。

ですから人は出逢いによって自分とは違う価値観に気付いたり、自分の中で答え合わせをしたりして少しずつ成長していけるのでしょう。

人との出逢いは未知なる自分との出逢いでもあります。

人に出逢わなければ自分の世界はいつまでも広がらず、深みも増すことなく目の前の景色は変わっていきません。

人がうらやむような出逢いでも、傍からはちっぽけに見える出逢いでも、「人が人に出逢う」ことにおいてはすべて同じ「出逢い」でしょう。

確かに「誰」に出逢うかで人生は変わりますが、そもそも人と人との「出逢い」そのものがありがたいとなれば、良い出逢い・悪い出逢いの区別はありません。

そのときは後味の悪い出逢いだったとしても、あとから振り返ったときに「あの出逢いがあったからこそ今の自分があ
る」と省みることができたなら、それこそ成長の証でしょう。

商売はご縁のたまものです。人との出逢いを大切にして、「良い・悪い」で判断せずに出逢いそのものを楽しみたいものです。

出逢いを大切にしていれば出逢いが出逢いを呼びます。つまりそれは人を大切にすることだろうと思います。

投稿者: 伯税務会計事務所

2014.02.15更新

時間に対する考え方や習慣と年収の関係を調べた調査結果があります。

年収400万円台の人たちと1500万円以上の人たちに、「人生の目的や目標を常に意識している」「仕事の目的や意味を常に考えている」「やりたいことリストを作っている」「グチを言わない」「迷ったら新しい選択肢を選ぶ」などの質問をしたところ、どの設問に対しても「当てはまる」と答えた率が高かったのは年収1500万円以上の人たちでした。

目的意識を高く持って常にチャレンジし、失敗してもクヨクヨしないで先に進む。つまり年収の差を生む要因のひとつは「時間」に対する考え方で、「時間」の意識が高い人ほど成功の確率が上がるのかもしれません。

「お金と時間はどちらが大切か」というのは古くて新しい問いです。

際限なく増やしたり貯めたりできて、しかも貸し借りまでできるお金に対して、増やすことも貯めることも貸し借りもできず、一度失うと二度と取り戻せない時間のほうがはるかに大切な資源だというのは、商売をしている人なら常々感じていることでしょう。

しかし、「たいていの経営者は、その時間の大半を"きのう"の諸問題に費やしている」(ピーター・ドラッカー)。これが現実かもしれません。

西洋のことわざは「時は"金"なり(Time is money)」ですが、商売上手で知られる華僑の人たちは「時は"命"なり」と言うそうです。これは相手の時間に対しても同じことが言えるでしょう。

例えば商談のために1時間作ってもらうのであれば、商談相手の命の中の1時間分を分けてもらっていると考えるのです。商談に15分遅れたら相手の命を15分間ムダにしたことになります。

何の準備もなしに適当な商談をしたら、相手の命はもちろん自分の命も1時間分のムダ遣いです。改めて時間の重要性に意識を向けてみたいですね。

濃密で意義のある時間を過ごせるかどうかは、商売の成功と共に豊かな人生のためのテーマでしょう。

投稿者: 伯税務会計事務所

2014.01.15更新

今年の干支である「午」を動物に当てはめると「馬」になります。

馬にちなんだ故事ことわざはいくつもありますが、座右の銘にあげる人が多い故事成語といえば「人間万事塞翁が馬」でしょう。

幸せと不幸せは予測のしようがないというたとえで、だから目の前のことに一喜一憂しても仕方ないというわけです。せっかくなので語源をご紹介します。

ある老人が大事にしていた馬が逃げてしまい、気の毒に思った近所の人が老人をなぐさめると「これが不幸とは限らない」と平然としています。しばらくして逃げ出した馬が立派な馬を連れて帰ってきたので近所の人がお祝いに行くと、今度は「これが幸福とは限らない」と老人は言います。

息子がその馬で落馬して骨折したときも、老人はお見舞いに来てくれた近所の人にまたしても「これが不幸とは限らない」と言うのです。

1年後、大きな戦争が起こりました。大勢の若者が犠牲になった中、老人の息子は無事でした。落馬による骨折で足を悪くしたので兵役を免れたのです。ただ、これが幸福とも限りません。

こんな実話もあります。小さい頃から「点描」(小さな点で作品を描く画法)で絵を描いていたフィル・ハンセン少年は、点描のやりすぎで手が震える病気になり、思うような「点」が描けなくなってしまいました。

そのため泣く泣くサラリーマンになりました。しかし、どうしても芸術家になる夢をあきらめきれなかったフィルはある日、手の震えに任せた「点」のようなもので見事な作品を描き上げました。

X線技師として働きながら、今ではマルチメディアアーティストとしても活躍しているフィルは言います。「制約があるほうが創造力を発揮できる」と。

ところで、馬の瞳孔は横長で、顔の左右に目がついているので視野は350度にも及びます。

真後ろ以外を見渡せる馬のようにはいかないとしても、できるだけ広い視野を持って商売にのぞみたいものですね。人生、何が幸いするかわかりません。

目の前の小さなことに一喜一憂せず今年も邁進していきましょう!

投稿者: 伯税務会計事務所

2013.12.15更新

65歳の誕生日に社長の座を息子に譲ったある男性のお話です。

長年、小売業を営んできた彼は、「経営者からふつうのオジサンになって最初にやったのは、養護学校の文化祭を手伝うボランティアでした」と話していました。

社長退任の時期も、ボランティア活動も60歳から決めていたそうです。養護学校の文化祭の当日、担当するクラスの生徒たちにあいさつをしました。

「名刺なしの自己紹介なんて学生時代以来だなぁ」と感慨深かったそうです。

クラスの出し物はポップコーンの販売で、彼は14歳のK君と一緒に会計係を頼まれました。ところが、「主役は子どもたち。

自分はフォローする立場」と自分に言い聞かせてK君を手伝っていたつもりが、気が付けばお金をもらって食券を渡す一連の作業をすべて彼がやっていたそうです。

小売業者としてお客様をお待たせしない商売を心掛けてきた彼は、今までの癖で「K君がもたもたしているとお客様を待たせてしまう」と思ってしまったのです。

しかし、確かにK君は言葉も手の動きもおぼつかず、食券と一緒に100円玉を渡してしまう状態だったそうですが文句を言う人は一人もいません。

お待たせしたらお客様がイライラすると気にしているのは自分だけで、目の前のお客様たちはK君が一生懸命にやっている姿をニコニコしながら待っている。

こんなときでも合理的に効率を重視してしまう自分に、冷や汗が出る思いだったと彼は振り返っていました。ふつうのオジサンになった彼は改めて考えたそうです。

文化祭では小売業のプロである自分より、K君のほうがよほどお客様との距離が近かった。長年、お客様のために頑張ってきたつもりだが、「お客様のため」とは一体何だろう。

自分は本当にお客様のほうを向いた商売をしてきたのだろうか。経営者からふつうのオジサンになってはじめてそう感じたそうです。

「経営者のときはお客様のためにと脇目も振らずに突き進んだけれど、前ばかり見ていると大切なものを見落としてしまいますね。

たまには右や左、上や下も見ないといけないですね」と彼は言っていました。

投稿者: 伯税務会計事務所

2013.11.15更新

「平常心是道(びょうじょうしんぜどう)」は禅語の中でもっとも有名な一語でしょう。曹洞宗の瑩山(けいざん)禅師は、平常心を次のように言い表したそうです。

「茶に逢うては茶を喫し、飯に逢うては飯を喫す(さにおうてはさをきっし、はんにおうてははんをきっす)」。お茶が出てくればお茶を飲み、ご飯のときにはご飯を食べる、ただそれだけのこと。つまりそこに雑念はないというわけです。

日常の当たり前の行ないを積み重ねる。余計なことを考えず、当たり前のことを丁寧に行なって大切に育んでいく日々が「平常心」というもののようです。小さいことにクヨクヨせず、細かいことにこだわることなく、毎日を伸び伸び生きて人生を味わい尽くせたらどんなに素晴らしいでしょう。

しかし、人は泣いたり笑ったり、悩んだり苦しんだりしながら生きていくもので、心が揺れ動くのは当たり前です。商売をしていればなおさらのこと、「ふだん通りにしよう」「緊張してはだめだ」と平常心を意識した途端に平常心を離れてしまうという皮肉が起こるものです。

人の心を動揺させる8つの要素を禅の言葉で「八風」と言います。

8つの要素とは「利、衰、毀(き)、誉、称、譏(ぎ)、苦、楽」。利(うるおい)は成功すること。衰(おとろえ)は失敗すること。毀(やぶれ)は陰で誹(そし)ること。誉(ほまれ)は陰でほめること。称(たたえ)は面と向かってほめること。譏(そしり)は面と向かって誹ること。苦(くるしみ)は苦しいこと。楽(たのしみ)は楽しいこと。

人生の波風はほとんどが「八風」のどれかであり、「八風」に動じることなく天辺の月のような不動心を持って生きるようにと戒(いさ)めた禅語が「八風吹けども動ぜず天辺の月」です。

今年も残り少なくなり日ごとに慌ただしさが増していきますが、あれもこれもと考えすぎれば八風に足をすくわれます。今できることに心を尽くして、「当たり前」を大事にしていきましょう。商売にも人生にも近道はありません。

投稿者: 伯税務会計事務所

2013.10.15更新

ある日、一人の社長が知性的な女性秘書を従えて、プレゼンテーション会場に乗り込んだそうです。名の知れた経営者が20人ほど参加する身内的な集まりの中で、彼は新しい事業のプレゼンをすることになっていました。

時間はわずか3分間。誰かのピンチヒッターだったようですが、彼にはビッグチャンスです。とはい え百戦錬磨の猛者達を相手に、資金も人脈も知名度も実績もない人がプレゼンをしても、普通なら相手にもされないでしょう。

ところがその場の全員が彼のプレゼンに真剣に耳を傾け拍手喝采し、彼の事業に支援を申し出た人までいたそうです。プレゼンの3分間に奇跡が起こった・・・のであればドラマティックですが、実はすべて彼のシナリオ通りだったようです。

プレゼンをすることが決まったとき、彼はまず「自分」をプレゼンする方法を考えたそうです。どこの馬の骨かもわからない男の話を聞いてもらうには、プレゼンの前に第三者に自分を底上げしてもらうしかない。

社会では人をだます行為は決して許されないが、自分をアピールするプレゼンの場だからこそ演出として認められる場合もある。そこで彼は知性的な女友達に「1日だけ僕の秘書になってほしい」と依頼したのです。

プレゼン当日、女性秘書は猛者達と名刺交換する彼のとなりで、にこやかに微笑みながら絶妙なタイミングで彼を立て、彼の経歴や将来のビジョンを的確にかつ手短に伝え、その間に飲み物を用意して猛者達に勧めたそうです。「私は社長の素晴らしいビジョンに共感を覚えています」。気立てが良くて気が利いて賢い。

こんな秘書からそれほどまでに敬意を示されるこの男は、ただ者ではないかもしれない。彼はこうして名刺交換の時点から「自分をプレゼン」し、成功するための土壌づくりをしたのです。

彼は言いました。「経営者には優れたプレゼン力が必要だ」。資金や人脈や知名度がなくてもプレゼン力があると自分や会社、商品のファンを増やすことができるのです。

多くの人から応援してもらう仕組みづくりや戦術を考えることは、経営者にとって大切な仕事のひとつではないでしょうか。

投稿者: 伯税務会計事務所

2013.09.15更新

ある女性フィットネスインストラクターにヨガを習うと、たとえ初心者でも上手にヨガのポーズができている気になるそうです。

体調不良の人が彼女のレッスンを受けると、なぜか「今日は調子がいい」と思えてくるとか。彼女が特別な技能を持っているわけではないそうですが、ある面においては一流なのでしょう。

それは、彼女はどんなときも、誰に対しても、マイナスを口にしないというとこです。

相手が愚痴ろうが後ろ向きなことばかり言おうが、彼女は必ずプラスの言葉を返すのだそうです。かといって、「大丈夫!」「あなたならできます!」と単に発破をかけるだけのポジティブシンキングではないようです。

「なかなか上達しない」と嘆くと、「同年代の方に比べたらよく体が動いていますよ」と励ましが返ってきます。

「今日は調子が出ないな」とふて腐れ気味の人に対しては、少しでもできているところを最大限にクローズアップして「今日も収穫がありましたね」と声がけします。

こうしてプラスの言葉をシャワーのように浴びているとだんだんその気になってくるもので、彼女のレッスンを受けた人は「自分はまだまだいける!」とエネルギーが湧き上がってくるそうです。

人をその気にさせることにおいて、彼女は一流の指導者と言えるのではないかと思います。
彼女のように「自分はいける!」と思わせてくれる人が周りにいる経営者は幸せ者です。

しかし、社員をほめることはあっても自分がほめられる機会が少ないのが経営者です。
だから経営者は、自分で自分をその気にさせ続けていく努力や工夫が必要なのかもしれません。

毎晩、寝る前に次の言葉を自分に問いかけてみてください。
「今日は何をしましたか?」。本を読んだ、講演を聴いた、人に会った、なんでもかまいません。

何も思い浮かばない日は、とにかく「今日も良くやった」と自分で自分をねぎらいましょう。
自分をその気にさせる一流の指導者は、自分自身にほかなりません。

投稿者: 伯税務会計事務所

2013.08.15更新

全世界で2000万部以上を売り上げ、いまだに売れ続けている成功哲学の名著『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー)に「Win-Win(ウィン・ウィン)」という言葉が出てきます。

「Win」とは「勝つ」という意味で、Win-Winとはすなわち、自分も勝ち、相手も勝つことです。

関係する両者ともにメリットがある状態を「Win-Winの関係」だとして、例えばビジネスならいい競争をすることで両者が儲かり、お客様が喜んでくれれば会社も儲かり、地域社会が活性化すれば近所の店がみんな儲かるといった考え方です。

『7つの習慣』が大ヒットしたことで世界的に一躍脚光を浴びた「Win-Win」ですが、考えてみれば昔の日本人は「Win-Win」を商売の信条にしていました。

大坂商人、伊勢商人と並ぶ日本三大商人のひとつ、近江商人の心得に「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」があります。売り手の都合だけで商いをするのではなく、買い手が心の底から満足して、さらには商いを通じて地域社会の発展に貢献る。

売り手・買い手・世間(地域社会)の三方に良い商売こそまっとうな商売だという考え方は、まさに「Win-Win」でしょう。

江戸から明治にかけて、近江商人は「三方よし」で信用を得て日本各地で活躍したのです。もうひとつ、これまた近年注目されている言葉に「ホスピタリティ」があります。

「思いやり」とか「心からのおもてなし」などと訳され、外資系ホテルのリッツ・カールトンやディズニーランドのサービスは「ホスピタリティにあふれている」と賞賛されますが、「おもてなしの心」は日本人のお家芸だったはずです。

「せっかくだからもっと喜んでもらいたい」「そのためには何ができるだろう」。こうした細やかな気遣いや配慮の精神は、私たちの心や体の中に脈々と受け継がれているのです。

スマートな外来語に踊らされず、ここでもう一度、「古き良き商売魂」を再認識しておこうではありませんか。

先人たちに学び直すことはたくさんありそうです。

投稿者: 伯税務会計事務所

2013.07.15更新

メタボなお腹を気にしているある男性が、毎日30分のウォーキングを始めました。

3週間ほど続けたところで周囲から「痩せたね」と言われるようになり、あと5キロ体重を落とそうと気合いを入れ直した途端、なかなか体重が減らない停滞期がやってきました。

彼は体重計に乗るたびに「また今日も減ってない」とガッカリして、結局1ヶ月半ほどでウォーキングをやめてしまったそうです。「体重が減らないからウォーキングがつまらなくなった」その気持ちはよくわかります。

ただ数字だけを追っていると、いずれは飽きてしまうでしょう。目標を立てるときは、具体的な数字を示した「数値目標」が望ましいと言われます。

目標値が明確であれば評価が可能になり、達成感を得やすいからです。

しかし、数値目標が目先の数字を追いかけるだけのゲームになってしまったら、数字をクリアしたときは満足できても結果が出ないとき
には粘り抜けません。

思うように進まなくても飽きずに努力を続けていくには、数値目標の先に「何か」が必要です。

「何か」とは、いわゆるイメージです。

先ほどの男性ならメタボが解消されて体調が良くなり、さらには痩せてスーツが似 合うようになった自分を「最近○○さん素敵になったわね」と女子社員がうわさして、おおいに自尊心をくすぐられる。

そこまでのイメージをしっかり描いていたら目先の数字ではなく、そのイメージを追い続けてもう少し頑張れたかもしれません。

例えば社員が個人の数値目標を立てるとき、その数字が会社から一方的に与えられた売上目標のようなものであれば、ウォーキングの男性と同じことが起こるでしょう。

売上目標はもちろん大事ですが、数字の根拠となるイメージはもっと重要です。売上目標という数字の先にあるビジョンを社員がイメージできる工夫をしているかどうか――。

せっかく目標を立てるのなら闇雲に数字を追うのではなく、経営者も社員もワクワクするような楽しいビジョンを共有しようではありませんか。

投稿者: 伯税務会計事務所

2013.06.15更新

5月に行われた「カンヌ国際映画祭」に数年前から「アトリエ」という部門が新設されました。

企画段階のシナリオを約15本選び、その監督やプロデューサーをカンヌに招待し、映画祭の期間中に様々な出会いを用意して映画制作のための最高のチャンスを提供する。つまり若手監督の支援です。

ちなみに、企画段階のシナリオは世界中に何万本とあります。世界的に有名な映画祭でその中の15本に選ばれるとはどういうことか、もうお分かりでしょう。

今年のアトリエに招待された監督の1人はニューヨーク在住の日本人男性でした。二十歳そこそこで渡米してから四半世紀以上、寝ても覚めても映画のことばかり考えて奔走した彼は、大金が動くシビアな映画業界の仕組みに何度も煮え湯を飲まされました。

元々役者だった彼は、あの唐沢寿明さんと同期です。お互いに売れなかった時代、夢を叶えるためには端役でも何でもやった唐沢さんが大物俳優と呼ばれるようになったとき、まだ何者でもなかった彼は改めて腹をくくったそうです。

命を賭けている映画を生活の糧にしたくない。だから自分の作品を世に出して、映画監督として認められるまでは絶対に死ねない。アトリエに選ばれたシナリオは、彼が15年前に書いたものでした。

何十人ものプロデューサーにプレゼンしても結局話がまとまらず、こうなったら全財産を突っ込んで自己資金で作ろうと撮影に踏み切ったのが昨年のこと。

その後、編集作業に追われていたときに届いた朗報が「カンヌご招待」だったのです。これを機に彼の映画人生は大きく変化していくでしょう。

成功者に成功した理由を尋ねると、多くの人が同じことを言います。

「成功するまでやめなかったから」

本当に成し遂げたいなら成し遂げるまで続けることです。毎日毎日そのことを真剣に考えて、今できることをやってみる。これは物事の大小によりません。

できるまでやる。挫折してもやり続ける。だからこそ信念が問われるのでしょう。

投稿者: 伯税務会計事務所

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